
今年のノーベル生理学・医学賞に阪大の坂口先生が選ばれたというニュースを見た。
日本には本当に、世界に誇れる研究者がたくさんいるものだと感心する。
そんな気持ちでヤフーニュースを眺めていると、興味深い記事が目に入った。
ノーベル賞受賞者の出身大学はやはり東大や京大が多いが、出身高校を見ると意外にも地方の公立高校が多いというのだ。
「そんなの偶然だろ」と思う人もいるかもしれない。
けれど、研究者の端くれとして私はこの記事の指摘に妙に納得した。
自分の経験からも、これは偶然ではないと思う。
地方公立高校出身が多い理由
私が学生の頃在籍した大学の教授陣を振り返っても、地方の高校出身の方が驚くほど多かった。
ここの大学には、地元の有名進学校出身の学生がかなりの人数いて、全学生の2~3割くらいはいただろう。だけど、不思議なことに教授にまでなった人はほとんどいなかった。
当時は自大学で博士号を取り、そのまま助手・助教授・教授と昇進するケースが一般的だったので、外部から来る先生は極めて少なかった。
そんな状況であれば、地元の進学校卒の教授がたくさんいても良さそうなものだが、教授の多くは過疎地と言っていいほどの地方公立高校出身が多かった。
なぜか?
私はその理由を「粘り強さ」にあると思っている。
研究には「粘り強さ」が不可欠
研究というのは、どんな分野でも思い通りに進まない。
仮説が当たることの方が珍しい。結果が出るまでには、試行錯誤と地道な工夫の積み重ねが必要になる。
そして、それを何年も続ける根気が求められる。
だからこそ、研究で成果を出す人に共通するのは「粘り強さ」だ。悪い言い方をすれば「あきらめの悪い粘着質な人」である(言い過ぎか?笑)。
どれほど失敗を繰り返しても決してあきらめず、結果が出るまで食らいつくタイプの人こそ、最終的にブレークスルーを起こす。
一方で、いわゆるエリート進学校出身の「超秀才」たちは、地頭がいいので子どもの頃から努力しなくても結果を出せてきた人が多い(学校での勉強や受験に限定した話だが)。
そのため、結果が出ない状況下で我慢し続けてコツコツ努力することが苦手だ。研究のように「何年も成果が出ない」という世界では、しばしば根負けしてしまう。
彼らの多くは早々に「研究は自分に向いていない」と見切りをつけ、大学院に残ることなく、大企業や官僚、臨床医の道に進んでいく。
実際、私の学生時代にもそういう人がいた。
誰よりも頭の切れる先輩だったけど、大学院を中退し、高級官僚の道へと進んだ。
ノーベル賞受賞者に共通するもの
大学教授になる人は確かに頭がいい。
だけど、頭が良いだけで研究成果が出せるものではない。特に近年の実験系の研究はむしろ粘り強さこそが一番重要な資質と言ってもいい。
そして、ノーベル賞を取るような人たちは、その粘り強さを極限まで突き詰めた存在だろう。
だからこそ、「地方公立高校出身者が多い」という傾向には、一定の必然性があるのではないかと思う。

名前:吉川蒼翠
職業:小説家志望の理系研究者
年齢:53歳
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